モラッティ:「ワイズを忘れずに、人種差別廃絶のために」

会長はインテル対ボローニャ試合前に行われた記念セレモニーでこう述べた

[ミラノ] 30年代にインテルとボローニャをスクデットに導いた名監督で、その後ユダヤ人であるため家族と共にナチスに逮捕され、1944年にアウシュヴィッツ強制収容所で死亡したアルパド・ワイズ。今夜の試合前に開催された記念セレモニーで、マッシモ・モラッティ会長はワイズを偲んで次のように語った。「彼は革新者でした。当時は“アンブロジアーナ”と呼ばれていたインテルを、イタリア統一リーグ初チャンピオンに導いた監督です。アルパド・ワイズは我がクラブの歴史を築いた名将なのです」

「50年代に私がインテルに関心を持ち始めたとき、彼が残した人間像が印象的だったのを覚えています。彼は真剣に仕事に打ち込む監督の最高の手本でした。人間としても、偉大な存在だったのです」

ワイズは当時の人種差別の犠牲になったが、今の世の中でも差別的な行為が目立つことが多い。最近のミランのフレンドリーマッチでボアテングが差別的なブーイングを受けて試合を放棄したケースについて、モラッティ会長はこうコメントした。「残念ながら、人種差別というのは過去のものではありません。ボアテングが試合放棄したのはもっともなリアクションだったと思いますね。あれは、サポーターの行為の中で特に最悪のものでした。ほんのわずかの者によるブーイングとは言え、本当に最低ですね。サッカー業界の我々としては、こういった悪質な姿勢に立ち向かうことが大切です。社会現象としてのサッカーというものは、人種差別との戦いに役立つ力を持っているのです」

今日のアルパド・ワイズを偲ぶセレモニーは、昨年1月27日に“メアッツァ”スタジアム内に設置された記念プレートの前で行われ、マッシモ・モラッティ会長とボローニャ会長のアルバーノ・グアラルディ、ミラノ市長のジュリアーノ・ピサピーアとボローニャ市長のヴィルジニオ・メーロラ、 ミラノ市スポーツ評議員のキアーラ・ビスコンティ、ハンガリー総領事のイストヴァン・マンノ、ミラノ市ユダヤ人会の代表者、およびイベントを企画した “W il calcio”委員会のメンバーが参加した。

なお、インテルとボローニャの選手はアルパド・ワイズの肖像と人種差別反対の文字がプリントされたTシャツを着てピッチに入場した。

広報部


 English version  Versión Española  Versione Italiana 

読み込み中